訪ねる
石川雲蝶

江戸彫の石原流の門下、石川流の彫工として、若くして幕府御用勤(官公)として認められ「石川安兵衛源雲蝶」を正式の職名とした。しかし、頃は幕末、天保の改革が行なわれた。贅沢を禁じ、節約をすすめた時代。幕府御用勤として認められていても仕事が無い!うだうだとぶらぶらと職人の町金物屋の問屋街にいた雲蝶が運命の出会いをする。そこには越後三条の金物商、内山又蔵が行商に来ていた。「旦那、あの“ずんぐりむっくりの男”が若手ナンバーワンの…、仕事が無くてこのざまさ…」又蔵は自分は越後三条の本成寺の檀徒総代をしている。ぜひ本成寺の欄間の彫刻を彫ってくれと懇願する。一番の決め手は「良い酒とノミを終生与えるから…」という内容。雲蝶28歳のころ越後入りをしたきっかけである。

観光ガイド 大月観音堂/中島家

大月観音堂(高野家)
/如意輪観音像
TEL:025-773-5399
※要事前連絡 (見学のみ)

中島家/明見菩薩
TEL:025-782-1116
※要事前連絡

雲蝶作品/木喰仏スポット

西福寺開山堂

曹洞宗の開祖・道元禅師の話をもとに制作された雲蝶の大作を見ることができます。その素晴らしさから、越後日光の異名を持ちます。

ホテルグリーンプラザ
上越から車で約40分

龍谷寺

観音堂にインドグプタ王朝の様式を取り入れ、独特な雰囲気を放つ曹洞宗の名刹。本堂の欄間に雲蝶の透かし彫りが施されています。

ホテルグリーンプラザ
上越から車で約30分

瑞祥庵

湯沢町にある曹洞宗の寺院で、桜門には雲蝶入魂による2体の仁王像が安置されています。躍動感みなぎる造形は、迫力満点です。

ホテルグリーンプラザ
上越から車で約30分

昆沙門堂・善光寺

約1200年前に建立された古刹で、日光の陽明門にならったという総ケヤキ造りの楼門は圧巻。寺宝の双龍図板絵も一見の価値あり。

ホテルグリーンプラザ
上越から車で約30分

雪国の文化を次代に

おかむらみつぎ

岡村貢は、この南魚沼の地を走る上越線の基礎を築いた偉人です。郡内随一の資産家の家系に生まれた岡村は、明治維新後の諸改革で区長・郡長として小学校や病院、金融機関の設立、道路・河川の改修などに尽力しました。その中でも、自ら上越鉄道株式会社を設立し取り組んだ上越線の敷設は、終生の大事業でした。しかし、日清戦争後の混乱により、会社は解散を余儀なくされました。その後、時の政府によって上越線の国有化が決まりましたが、残念ながら岡村はその全線開通を待たずして、永眠しました。

すずきぼくし

ぜ牧之が「北越雪譜」を書かれたか?
19歳の時、ちぢみを80反背負い江戸へ行き行商をしながら何人かの文学者と出会う、雪深い地の話をする。雪を知らない人達は、雪は綺麗で幻想的と思うばかり…。本当の雪国の文化、風習、生活を、時には人の命をも奪う怖さを伝える為に、雪国の風俗を書き記した。

ホテルグリーンプラザ
上越から車で約10分

雪国の生まれた町

川端康成は群馬下牧温泉

川端康成は群馬下牧温泉までは、何度か来ており・・・ 群馬〜新潟の県境 上越線開通を心待ちしていたようです。 トンネルを抜けると・・・のフレーズを考えると、初めて来て・・・のコメントのようにとらえられますが、実は最初に湯沢に来たのは、緑まぶしい6月だったそうです・・・。そこで「駒子」と出会い「雪国」の小説が生まれています。最初に来た6月の緑の景色と雪景色のギャップがあったからこそ、あの名フレーズが生まれたんですね。

かすみの間(雪国の宿 高半)

かすみの間(雪国の宿 高半)
川端康成が「雪国」を執筆した部屋。 資料館として一般公開しています。

湯沢町歴史民俗資料館「雪国館」
川端康成が生前愛用した遺品に加え、小説の中に登場するシーンを描いた14点の日本画や、小説の世界を再現した「駒子の部屋」など、小説「雪国」にちなんだ展示があります。

ホテルから半径100kmを見渡すと、わくわくスポットがいっぱい!プールやゴーカートなどホテルの施設を楽しんだ後には、施設の割引チケットやモデルコースがいっぱい載ってるこのパンフレットを片手に、探索の旅に出かけよう!

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